介護現場にたくさんのハラスメントが横行していることは多くの実態調査から明らかになっています。
しかし、
「これはハラスメントに該当するのだろうか?」
「ハラスメントがあったとして、どのように対策するのが正しいの?」
と判断に悩む場面も少なくありません。
介護は人と人が密に関わる行為だからこそ、ハラスメントへの対応が難しい…という側面が少なからずあります。
また正しい判断を取るのが難しいのも事実です。
そこで今回は介護現場のハラスメントの実態を明らかにし、具体的な対策方法について詳しく紹介していきます。
より良い介護現場を築き上げるためにも、ぜひ本記事を参考にハラスメントとの向き合い方、対策を考えてみて下さい。
施設利用者及びその家族によるハラスメントの定義とは
介護現場では様々なハラスメントが起こる可能性があり、実際に起っている事象に対して「どのハラスメントに該当するのか」を明確にしなくてはなりません。
ハラスメントを大別すると次の3つが挙げられます。
- 身体的暴力
- 精神的暴力
- セクシャルハラスメント
それぞれのハラスメント内容を定義し、明確化することで「今起こっているハラスメントはこれに当たる」と判断できるようになります。
それでは各ハラスメントの詳細をみていきましょう。
1. 身体的暴力
身体的暴力はその名称のとおり、身体的な力を使って危害を及ぼすことを指します。
- 殴る、叩く、蹴る
- ひっかく、つねる
- コップなど物を投げつける
- 手を払いのける
- つばを吐く
- 服を強く引っ張る、引きちぎる
- 首を締める
なお職員が回避したことで危害を免れたとしても、明確に「危害を加えようという意図が見られる」場合、身体的暴力に該当すると判断します。
2. 精神的暴力
言葉や態度によって個人の人格、尊厳、精神へと攻撃的な行為のことを精神的暴力と言います。
- 大声を発する
- 怒鳴る、わめく
- 特定の職員に批判的な言動をとる
- 嫌がらせ
- 強い言葉(「バカ」「アホ」「無能」など)
- 威圧的な態度
- 理不尽な対応(「出来て当然」「この程度も出来ないのか」など」)
- 無理な要望(「保険料を払っているのだから部屋を全部掃除しろ」など)
- 必要以上に強い謝罪を求める(「土下座しろ」など)
- 料金の支払いを拒否する
- 料金の支払い時、お金をわざと床に落として拾わせる
直接的に身体への暴力が無くとも、不快に感じる態度や言葉があれば精神的暴力として扱います。
3. セクシャルハラスメント
性的な誘いかけや要求、嫌がらせ行為のことをセクシャルハラスメントと言います。
- 必要が無いのに手や腕などを触る
- 抱きしめる
- 性的な写真や動画を見せてくる
- 入浴介助中などに性的な話をする
- 卑猥な言葉を何度も言う
- 下半身を見せてくる
- 服の中に手を入れてくる
特に女性職員がセクシャルハラスメントの対象になりやすく、セクシャルハラスメントから精神的苦痛へと発展するケースが多いので注意が必要です。
職員が受けるハラスメントの実態
介護現場におけるハラスメント実態の調査結果によると、サービス種による違いはありますが…
家族等からのハラスメント:1~3割
となっていました。
ハラスメント割合が特に高いのは次のとおりとなります。
- 特定施設入居者生活介護
- 介護老人福祉施設
- 認知症対応型通所介護
- 定期巡回、臨時対応型訪問介護看護
- 訪問看護
- 居宅介護支援
- 小規模多機能型居宅介護
- 定期巡回、臨時対応型訪問介護看護
ハラスメントの内訳は次のようになっています。
傾向としては
- 訪問型は精神的暴力が多い
- 介護福祉施設や居宅介護は身体的暴力が多い
- 入所、入居施設は身体・精神的暴力のいずれも多い
といった点が見受けられます。
ハラスメントを正当化する
介護で起こるハラスメントの多くは『認知症』が原因です。
認知症による判断力の低下が身体的暴力・精神的暴力・セクシャルハラスメントに発展しやすいと考えられています。
特にセクハラは「悪いことだ」と自覚していないケースも多く報告されています。
だからといって
「認知症だからハラスメントは仕方がない」
「ハラスメントが起こって当たり前」
と正当化してはなりません。
対処方法を身に着けて、適切に対処する必要があります。
ハラスメントが起きる要因
ハラスメントが起こる要因として次の9つが挙げられます。
- 利用者や家族の性格・生活に問題がある
- 利用者、家族がサービスの範囲を理解していない
- サービスへの過剰な期待
- 認知症などの病気・障害
- 直接的な対人サービス
- 利用者宅への訪問(相手のフィールドなので強気に出やすい)
- 女性職員の割合が高い
- 問題のある利用者がたらい回しにされ、どこかの介護施設が抱え込んでしまう
- 「自分の知識や技術が未熟だ」とハラスメントとは異なる部分に着目してしまう
これらの要因に当てはまるかを判断し、対策を講じることでハラスメントから職員を守り、働きやすい環境を目指せるようになります。
ハラスメントが及ぼす影響
ハラスメントは介護職員のモチベーション低下や離職といったネガティブな影響を及ぼす可能性を高める要因となります。
仕事をやめたいと思った:2~4割
という実態調査もあります。
また介護職員への悪影響のみならず、利用者への円滑な介護サービスへの支障にもなり得ます。
ハラスメント対策はなぜ必要?冷静に考えよう
ハラスメントはいかなる理由・場合があっても認められるものではありません。
「介護職はブラック」
「離職率が高い」
と言われる理由の1つであることを認知しなくてはならないでしょう。
そこでここからはハラスメント対策を講じる必要性について考えていきます。
1. ハラスメント対策の必要性
ハラスメント対策は介護職員を守るためだけでなく、事件への発展を未然に防ぐ目的もあります。
ハラスメントによって
- 暴行罪
- 傷害罪
- 脅迫罪
- 強制わいせつ罪
といった刑事法の構成要件に該当することも視野に入れなくてはなりません。
上述したように、ハラスメントが原因で怪我や病気、離職につながることはもちろん、事業者はしっかりとハラスメント対策を立て、職員を守る責務(労働契約法、安全配慮義務など)全うする必要があります。
ハラスメント対策が職員を守ると同時に、利用者への適切な介護サービスの提供にもつながると考えましょう。
2. 対策は冷静さがポイント。方針を統一しよう
ハラスメント対策は冷静に打ち立て、方針を統一することが肝要です。
上記したように、適切な対策を講じなければ、職員を守れないだけでなく介護サービスそのものに影響が出てしまうからです。
組織的・総合的なハラスメント対策は絶対条件と言えるでしょう。
方針を統一し、ハラスメントを始めとしたトラブルに毅然とした態度で臨むことはとても大事です。
しかし利用者やその家族の置かれている環境やバックグラウンド、さらには利用者と職員の関係性・相性によって対応が難しい場合も念頭に置かなくてはなりません。
医師などの多職種、法律の専門家、保健所や支援センターなどの行政…時には警察にも必要に応じて連携が必要となることも視野にいれておきましょう。
ハラスメントが発生・発覚した場合は出来得る限り正確に事実をまとめ、内容を検討し、適切な対策を立てていくことが大事です。
【事業者編】ハラスメントの具体的な対策6つ
ここからはハラスメントへの事業者が取り組むべき具体的な対策について紹介していきます。
「ハラスメント対策が重要なことは分かるけれど、どうやって進めれば良いのか分からない…」といった場合、これから紹介する方向性・方針を参考にしてみましょう。
1. 施設全体での方針統一をする
事業を運営する上での基本方針としてハラスメント対策を組み込み、施設全体での方針を統一することは大前提と言えるでしょう。
「当施設ではハラスメントを絶対に許さない」
「職員へのハラスメントはもちろん、職員から利用者やその家族へのハラスメントは存在してはならない」
といった考え方です。
事業者側がハラスメントへの明確な態度を打ち立てることで、施設全体の方針・やり方が固まります。
現場で働く職員たちは方針に従って働けるようになり、迷いが減ることでサービスの質の向上、ハラスメントへの意識の高まりが期待できるでしょう。
2. 職員だけでなく、利用者やその家族にも方針の周知徹底をする
ハラスメントへの基本方針を打ち立てたら、職員と共有することはもちろん、利用者や家族にも周知することが大事です。
利用者側は介護サービスの内容をきちんと把握していないことも珍しくなく
「どこまで介護してもらえるのか」
「ハラスメントを行うとどうなるのか」
といったルールを明示することで、職員・利用者双方のガイドラインとなってくれます。
実際に介護する職員間でサービス内容にブレがあると、後々のトラブルの原因となるため、事業内での意識の統一が必要不可欠。
特にハラスメントは受ける人によって度合いが変わる傾向にあるため、職員からのヒアリングを徹底し、明確なラインを取り決め、それを利用者・家族へ周知させていきましょう。
3. ハラスメント対策マニュアルを作成する
方針が決まったらハラスメントを防ぐための対応マニュアルを作成します。
- どのようなハラスメントが起こるのか
- 対処するためのルール
- ハラスメントを未然に防ぐための取り組み、環境整備
これらを作成するにあたって、現場で活躍する職員の意見を取り入れることが大事です。
またハラスメントには様々なケースが考えられます。
適宜見直し・更新が必要となることも見越して柔軟に対応できるマニュアルの土台を作っておくことが望ましいでしょう。
マニュアルを作成したら全職員との共有を徹底し、チーム一丸となってハラスメント対策に取り組むようにします。
マニュアルを取り入れることで、ハラスメントへの意識・方法・対策が向上し、職員の働きやすさはもちろん、利用者側も安心した環境を目指せます。
4. ハラスメント対策窓口の設置する
ハラスメントは誰の目にも明らかなケースもあれば、潜在的なものも含まれています。
特にセクシャルハラスメントは相談しづらく、職員に周知されていないケースも珍しくありません。
職員が報告・相談しやすい環境を作るためにも、専用の窓口を設置することがとても有効です。
もちろん窓口を作っただけでなく、誰でも気軽に相談できるよう周囲徹底を怠らないことも大事となります。
5. 介護保険サービスの業務範囲について研修をする
事業者は介護保険サービスの範囲を理解・把握した上で、適切なサービスを提供しなくてはなりません。
直接的に人と人が関わる業務だからこそ、契約範囲外のサービスが強要され、結果ハラスメントに発展する可能性もあります。
介護保険サービスの業務範囲について定期的な研修を行い、理解度を深めること。
そして利用者や家族に対するサービス範囲の理解を図り、適切な介護を提供できる土台を作っていかなくてはなりません。
6. PDCAサイクルを応用した対策計画を立てる
PDCAサイクルとは
- Plan(計画):ハラスメントマニュアルの作成、周知徹底など
- Do(実行):マニュアルに沿ったサービス提供
- Check(評価):起こったハラスメントの内容や対応
- Act(改善):次に活かすためのマニュアルの更新・改善
を繰り返すことを言います。
ハラスメント対策マニュアルを作成し、未然防止の取り組みを徹底しても、ハラスメントは発生しうるものです。
もしハラスメントが起こった場合、現状・対応などを評価した上で蓄積し、次の計画に役立てるようにします。
PDCAサイクルを取り入れることでノウハウが次々と活きるようになり、全体のトラブル改善・労働環境の向上などが見込めるでしょう。
【職員編】ハラスメントの具体的な対策7つ
次は介護現場で働く職員1人1人が実践するべき具体的なハラスメント対策についてみていきましょう。
あらかじめ職員個々人のハラスメント対策をマニュアル化することで、問題が起こったときに「組織として対応できる」体制を整え、より安心して業務に取り組めるようになります。
事業によってはフローチャートを作成し、これを全職員で共有しているところも。
もちろん利用者や家族が安心して介護を受ける上でも重要となってくるため、周知徹底が重要です。
それでは具体的にどのような対策・方針があるのかをみていきましょう。
1. 必要な情報の伝達
ハラスメントを受けた職員が自分1人で抱え込み、表面化することなく時が進んで、分かったときには大きなトラブルに発展していた…。
そんな事態に陥らないためにも、ハラスメントを受けた職員が積極的に相談・報告できる職場環境を構築することは何よりも大事です。
- 相談窓口を設置する
- 管理者は職員の変化・状況を把握しやすいよう良好な関係を築く
- 風通しの良い職場作り
- 定期的な相談
収集した情報は事業全体で共有し、解決・改善のためのマニュアル作りに役立てましょう。
2. 業務範囲の理解を進める
業務範囲の理解が徹底されていれば、業務外の要求に対して毅然とした態度で「No」と言えるようになります。
利用者側が業務範囲を理解していないケースも多く、その際に正確に伝達し、双方の認識のズレを是正するためにも必須です。
定期的な研修などを実施するのが望ましいでしょう。
3. ハラスメント対策研修会の実施をする
職員同士の情報の共有によって、個々人の裁量でハラスメントに臨むケースが多いのが現状と言わざるを得ません。
介護スキルだけでなく、テキストでは学べないハラスメント対策は、実践の中で培っていく、先輩や同僚のアドバイスに従って試行錯誤する…というのが多いです。
そこでハラスメント対策研修会を実施し、対策方法を一元化・マニュアル化します。
- ハラスメントから身を守ることの大事さ
- ハラスメント発生時の対策フローや体制
- 契約書、重要事項説明書などの研修
- ハラスメントを始めとした情報提供の徹底
- 業務範囲を理解し、それを超えたサービスを提供できないこと、利用者にも説明できること
- ハラスメントを気軽に報告・相談する環境作り
忙しい現場では研修で学んだことが抜けてしまうこともあります。
基本事項を記載したカードなどを作成し、ハラスメント対策を手軽にチェックできるツールを用意するのも有効でしょう。
適切な対応方法を身につける場を設けることで職員のスキルアップが見込め、働きやすさの向上、職場環境の改善へとつながっていきます。
4. ハラスメント体験談やストレスのチェックをする
ハラスメントに関する話し合いの場を設けることはとても大事です。
体験談、ストレス度合いなどを定期的にチェックして、職場の雰囲気や働きやすさを大事にしていきましょう。
事前にアンケートを取ったり、ストレスチェックを行ったりしておくと研修やミーティングに役立ちます。
5. ハラスメントに関するカンファレンスを定期的に開催する
ハラスメントに関するカンファレンスは思いついたときだけ行っても効果が見込めません。
常に変化し続ける介護だからこそ、定期的に実施し、現場でどのようなハラスメントが起こっているのかを共有する必要があるでしょう。
6. 職員自身によるハラスメントを未然に防ぐための点検をする
ハラスメントは利用者から職員に向けて行われることが多いですが、時には職員自身がハラスメントを行っている可能性も考慮しなくてはなりません。
ハラスメントが起これば大きなトラブルに発展する可能性が高いため、これを未然に防ぐために対策が必要です。
研修を行いつつも、職員自らが点検する、あるいは職員同士でのチェックを行うことも重要。
この点についてもマニュアルで言及しておくのが望ましいでしょう。
7. リーダー向けの研修会を開く
現場を取り仕切るリーダー・管理者を対象としたハラスメントの研修会を実施しましょう。
- 職員への指導・対応
- ハラスメント発生時の対応方法
- 利用者の情報収集
- 疾病による影響など、専門知識の習得
リーダーがこれらを身につけることで職場全体のハラスメント対策に効果的です。
事業内研修だけでなく、関係団体や自治体などが実施している研修に積極的に参加することも有効となります。
ハラスメントの具体的な対策【関係者との連携編】
過剰なハラスメントが起こった場合、関係者とともに対応する可能性を考慮しなくてはなりません。
関係機関の一例に次のようなものが挙げられます。
- 保健所などの行政
- 地域包括支援センター
- 病院(医師)
- 介護支援専門員
あまり関係の深くない機関といきなり連携を取るのは難しいため、常日頃から協力関係を構築しておくことが大事です。
個人情報の取り扱いは最大限注意しなくてはなりませんが、ハラスメント対策のためには正当な理由の情報共有が重要。
このあたりの取り決めもきっちりと方針を固めるようにしましょう。
ハラスメント対応が難しい事例では地域ケア会議のケースワークとして取り上げられることもあります。
関係者と状況を共有し、いかに改善していくか、対策を取っていくのかを考えましょう。
まとめ
今回は介護現場のハラスメント問題の実態や対策方法などを紹介しました。
最後にもう一度内容をおさらいすると
- ハラスメントの実態を正確に把握するため職員との情報共有を徹底する
- 対策マニュアルを作成し方針を取り決める
- 研修会や関係者との連携など具体的な対策を実施する
以上3つが今回のポイントとして挙げられます。
「現場でハラスメントが起こっているけれど、どう対策すれば良いのか分からない」
といった人は、ぜひこの記事を参考にして適切な対処を取り、職員が安心して活躍できる職場、そして利用者が安心できる施設を目指して下さいね。
出典:「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」について(厚生労働省老健局振興課)