介護施設で必ず起きる入所者の身体レベルの低下によって今までできていたことができなくなる。
その時に家族は現状をどのように受け入れるのか。
受け入れることができるのか。
ケアマネージャーはどう対応するのか。
ある高齢者夫婦
ご主人は筋萎縮性即索硬化症(ALS)で下肢筋力低下があるため自宅での生活が困難のため介護施設に入所されて自宅近辺の介護施設ということもあり元気な奥様(自立)は毎日ご主人に会いに来るなんとも微笑ましいい仲の良いご夫婦でした。入所当初のご主人は歩行は困難ですが車椅子へ移乗介助すれば自走ができ、トイレも移乗介助があれば便座に姿勢良く座り排泄ができるレベルでした。
ご主人は難聴がありますが補聴器使用にてコミュニケーションは取れており認知度も比較的クリアです。毎日規則正しい生活を続けており車椅子を自走して食堂まで行く生活の中でできるリハビリも行い、日中は奥様とのんびりと居室内でベッドに横になることもなく過ごして穏やかな生活スタイルが取れていました。
必要な介護は移乗介助、入浴介助、更衣介助です。一つだけ介護する上での問題がありましてご主人は大柄な体格で体重が70kg近くあったため移乗介助には特に気をつけなければいけないというところでした。日々の中で回数の多い移乗介助は奥様では対応困難であり毎回ナースコールを押して頂いて介護士が転倒に気をつけながら対応しながら特に事故もなくこのような生活が1年半程続いていました。
筋萎縮性即索硬化症(ALS)とは、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだん痩せて力がなくなっていく病気です。筋肉そのものの病気ではなく筋肉を動かしたり運動をつかさどる神経だけが障害をうけているのです。そのため脳から「手足を動かせ」という指示が伝わらなくなり力が弱くなり筋肉が痩せていきます。
この病気は男性に多く認め最もかかりやすい年齢は60~70歳台と言われています。又、神経の老化と関連があるようですが原因は不明です。多くの場合は遺伝しないようですが希に家族内で発症するケースもあります。常に進行性であり症状が軽くなるとことはなく最終的に全身の筋肉が侵されて呼吸筋も働かなくなり呼吸不全になってしまう怖い病気です。”
状況の変化に伴い
ご主人が介護施設に入所して1年半程が経過したぐらいから徐々にご主人のADLの低下がはっきりと出てきました。下肢筋力の低下が更に進行してきてベッドから車椅子への移乗介助がかなり不安定になっており、トイレ時も以前は手すりを持って立位保持が短時間ならできていたため下衣の上げ下げが対応できていたのですが肝心の立位保持が難しくなってきました。
介護士からの情報を聞きケアマネージャーは実際にご主人の状況を確認してこの段階で奥様に状況説明と事故の危険性の話しを行っています。ご主人はADLの低下は見られるものの尿意、便意があるので当たり前ですがナースコールを押して介護士を呼びます。介護士も転倒事故に気をつけながら介助を行っていましたが日に日にご主人が足に力が入らなくなっていることに不安を隠せずにいました。
ケアマネージャーはご主人と話をしてトイレ介助が難しくなってきている説明も慎重に説明していたのですがご主人は上手く話すことができなくなっており認知症が出てきたのかコミュニケーションが困難になってきていたので奥様に今後のことの話を持ちかけてみたのですが奥様からは「主人はまだトイレに行きたいと言っているのでお願いします」とのことでした。
又体格の大きいご主人の移乗介助を行うことはかなり介護士の負担になってきており、女性の介護士は特に体力的にきつく腰痛が出ている人も数名出てきてしまい、更にADLの低下が進行するにあたりご主人は全く足に力が入っておらず完全に介護士が抱えている状況になっていました。この時点で車椅子の自走は既にできていません。そして傾眠が増えベッド上で過ごす時間が増えていました。
介護士達はなんとか試行錯誤してトイレ介助を行っていましたが施設のトイレは狭く二人介助ができないハード面の問題もあり気づくと介護士全員の手首は腱鞘炎になってしまったのです。この状態でもご主人は介護士を呼びトイレに行くのですが実際にはトイレ内で排尿はもう出ておらず尿とりパッド内に排尿は出ているものの本人はそれも分かっておらずトイレに座ることで排泄したと納得しているようでした。ここまでADLに変化が出ると一気に介護方法も変えないと取り返しのつかない事態になりかねないのですが奥様は現状把握ができていないようでした。
現実を理解したくない家族もいる
ケアマネージャーはこれ以上のトイレ介助は危険と判断したので奥様にオシメ対応の話を切り出すも奥様からは「トイレに行きたい人をここは連れて行ってくれないの?」と厳しいことを突き返されました。奥様の中ではトイレ誘導している=上手く行っていると思っておりオシメ対応という言葉が相当嫌だったみたいです。
施設としてもできる限りトイレ対応をしているがADLの状態等から安全の面でもベッド上の排泄介助に変更したほうが良いケースだと何度か説明はするものの納得のいかない奥様も引きません。介護士からは「もうトイレ介助は危険過ぎる。早く何とかしてほしい」と責められることもありました。
尿汚染も毎日あり衣類の全更衣の回数も増えている状況だったため紙パンツからなんとかオシメに変更の許可を頂いたのですがトイレ介助をする以上はオシメでは介助が困難になるだけです。
ケアマネージャーは他の家族(娘夫婦)にも今までのいきさつを説明したところ奥様以外の方は施設の対応を妥当と納得してくれていて家族からも奥様の説得をしてくださしました。毎日のように奥様と話をしていくうえでやっとのことトイレ介助は中止してベッド上での排泄介助に切り替わりましたが奥様はかなり立腹されており明らかに不満のようで至るところでケアマネージャーが強引にトイレ介助を止めさせたと話していたそうです。
ケアマネージャーはある程度の批判は承知していましたが大分神経を使ったようです。結局のところ奥様は納得なんかはしておらずご主人の身体レベルの低下していく状況を受け入れたくなかったのでしょう。奥様も本当に辛かったはずです。施設の高齢者に限らず人は皆必ず衰退していきます。
介護施設とは人生の最期のところに深く関わる所であり人間が徐々に死に向い近づくということは良いことよりも辛い現状を目の当たりにする方が断然多いです。そのためケアマネージャーは言いづらいことを家族との窓口役として伝えていかなければいけません。このケアマネージャーはこのケースで大分精神的にもきつい経験をしたはずです。
施設ケアマネージャーのしんどいところは正しく今回のような状況になった時の対応力だと思います。ご主人はやがて完全に寝たきり状態となり食事量、水分量も減り静かに永眠されました。最終的にターミナルケア期になっても介護士達はできる限りの対応を行い奥様もいろいろありましたが施設に対して感謝の気持ちを贈ってくださいました。
介護施設ではしっかりしていた人が認知症になってしまうケースも少なくない。認知症状のレベルによっては入所継続ができなくなるケースもある。特に有料老人ホーム等の幅広い人が入所している施設では大きな課題になっていることでしょう。
いきなり進行する認知症
A様(女性)は物忘れがありますが身の回りのことはほぼ自分でできるレベルの人です。家族が県外在住ということもあり一人暮らしは不安のため有料老人ホームへ入所されました。A様はとても温厚な人で他入所者とも仲良く楽しく穏やかに施設生活を過ごしていました。
入所されて約3年特に何の問題も無かったのですが次第に物忘れが増えてきて「泥棒がいる」との発言が目立ってきました。この時期に丁度施設で毎年恒例の日帰り旅行(家族参加有り)に行ったのですが特に最近の生活で変わったことがあったのはこれぐらいでした。もしかしたら旅行の刺激が強すぎたのかもしれません。
この辺りから明らかに行動も普通ではなくなってきています。衣類や小物が無くなるそうで(自分で仕舞いこんだ物が見つけれなくなっている)介護士が探すとタンスの奥やベッドの下から出てくるので訴えがあればその都度一緒に探し見つかると本人も安心されていました。訴えがかなり頻回になってきておりA様からしたら物が無くなっているので泥棒に盗られたとの思い込みが脳にインプットされている様子です。
表情も暗くなり周りの元気な入所者も心配していました。俗に言う物盗られ妄想ですが、この対応法は本人を否定しないことが重要のため介護士も毎回丁寧な対応をしなくてはいけません。ですがA様の認知症は進行していきます。病院からの薬も効果はあまり見られません。A様の認知症はさらに悪化して普段着る服も上に肌着を着たりズボンの上にパンツを履いたり、洗濯バサミを服にたくさん付けて出てきたりという行動が見られるようになり、衣類やコードなども気づくとハサミで切っていたので家族と相談して刃物類の危険と思えるものは預かりました。
又、特に症状として今までなかった排泄汚染が出てきましたがこれには本人の中で羞恥心がまだあるようで至る所に汚染物を隠すようになっていました。更に仲の良かったB様の居室をしっかり覚えており時間に関係なく何度も訪室するようになってきたのです。
周りからのクレームは赤信号!
A様の認知症の進行に伴いケアマネージャーは小まめに家族と連絡を取っていました。A様の家族はとても理解力のある人で施設の対応にとても協力的でした。家族としてはなんとかA様が落ち着いて生活ができるように願っていましたがそれとは同時に周りの入居者達からクレームが多発していたのです。
仲の良かったB様は度重なるA様の居室訪問に疲労が出ており、他の人からは汚い格好で食堂に出てきて食欲がなくなる等の意見がケアマネージャーに届いていました。介護士も可能な限りA様にこれ以上クレームが出ないように早め早めの対応をしていましたが施設にはA様以外にも介助を必要とする入所者がいるため全てに対応ができません。
ケアマネージャーも他入所者にA様のことを話せる限り説明をしていましたがやはり同じ屋根の下で暮らす入所者からの意見は厳しいものでした。施設もできる限りの対応はしましたが周りからのクレームに関しては対応できる力量もなく話し合った結果、認知症専門施設等への転居を家族に依頼することになりました。
勿論家族との窓口はケアマネージャーです。家族にお話をしたところ涙ながらに転居を受け入れて下さいました。そこからは施設も家族の意向を尊重し一緒に他施設を探しA様の対応が可能で家族が納得した所が見つかりました。このケースでケアマネージャーは介護施設の弱いところを改めて感じています。
困っている高齢者の生活を守ることが介護施設の役目であっても対応困難のため転居となる。ある基準を超えてしまうと何もできない集団生活の怖さを知りました。A様は認知症専門の所へ移りましたがもしかしたら多量の薬漬けの日々を送っているかもしれません。考えたらきりがないのですがA様が元気でいることを願うしかないです。
ケアマネージャーのやりがいや介護施設とは何なのかと思うことがあります。いろいろと思うことは皆さんあるかと思いますが、この認知症という病気をどう食い止めるのか、どう進行を遅らせるのか、まだまだ未解明なことだらけですがひとつでも何か解明できることを祈ります。
又、一番大事なことは認知症にならないような生活を心がけることです。実際の認知症の怖さを知らな人はたくさんいます。誰でも経験しないことは分からないですがもっともっとTVやインターネットを通じたりして認知症のことを取り上げるべきですね。
入所者・家族の意向は最優先であるが時と場合を考えて行動する勇気が必要「粘るケアマネージャー」
入所者に限らず人間の中には病院が好きな人嫌いな人がいますが、何があっても病院に行かないという人もいます。T様(男性・90歳)は介護施設に入所されていましたが極度の病院嫌いな人でした。そのため入院なんてもってのほかで入所前に足を骨折して入院していた時には暴れたり脱走しようとしたり処置もなんとか4~5人で対応しており病院なので当たり前のように精神安定剤の使用や身体拘束もされていました。
又、入所中に原因不明の皮膚炎が激しく発症し総合病院へ入院となりましたがここでも激しく暴れて病院も対応ができず一日で強制退院になったほどです。元々気性の洗い人で気に食わないことが少しでもあると昔から周りも気にせず声を荒げていたそうです。
そんなT様に家族も病気にかからないように願っていたのですがT様は90歳という高齢でその体は徐々に病に犯されていました。ある日から微熱が続き毎日施設に通われている家族と相談しながら対応していたのですが中々落ち着きません。血尿も以前より時折出ていたのですが今回も出ています。
本人は至って病院に行くことを拒否されています。ケアマネージャーは家族に病院受診を何度も進めるも家族からはNOの返事です。微熱が2週間程続いており等々38.0以上になり施設としてもこれ以上の対応はよくないと判断し受診拒否の本人、家族の意向もありましたが粘るケアマネージャーは半強制的に病院受診の方向へ持っていきました。本人は意識が朦朧としているので暴言はまだ吐く力は残っていましたが暴れる体力は残っていません。家族も大分拒否をされましたがケアマネージャーの話に渋々納得してくださり病院受診ができるようになりました。
驚く結果が待っていた
ケアマネージャーも病院に同行して検査を待つところ半日掛かってやっと検査結果がでました。検査結果は膀胱に悪性腫瘍ができておりしかも腫瘍が大きすぎて尿管を塞いでしまい尿が上手く流れず血尿になり腎臓機能もかなり低下しているということでした。
又腫瘍は膀胱内の約8割もの大きさに成長しており何年も前からできていた物がここまで大きくなってしまったという説明も受けました。家族は検査結果に唖然としていましたが数年前から頻尿、血尿があることに気づいており病院に行けなかったので今日初めて頻尿、血尿の原因が判明したことに納得できたようです。
病院からは今後の対応(腫瘍を取り除くことと腎不全の処置対応)について説明がありましたが家族の意向は高齢のため手術等はせずに自然のまま死を迎えることを決断されました。
T様はこのまま施設に戻りターミナルケアに入りました。そして往診専門医と契約して痛みを緩和する程度の対応でT様はその後2週間程で永眠されたのです。家族からはケアマネージャーにあのまま反対していたら何もわからないまま本人は亡くなっていたし、ターミナルケアもまともにできなかったと思うので病院受診をしつこく話してくれて本当に感謝していると話されていました。このケースはケアマネージャーの粘りが効きました。