介護施設の研修などで取り組まれていることの一つとして、“科学的介護”というものがあります。
介護の世界で排泄介助・食事介助の行為が当たり前になったものに疑問を持ちながら、科学的な根拠と理由を導き出すことで、質の高い介護を取り入れるという考えです。
科学的介護は国からも積極的に実践できるように斡旋する動きがあるため、まさに“近未来的な介護実践”といえるでしょう。
ここでは、科学的介護とはどのようなものなのか?科学的介護が生まれた背景、介護現場でどんな取り組みが行われているのか?メリットやデメリット、今後の課題などについてお伝えします。
科学的介護とは何だろう?
科学的介護とは、行っている介護の“根拠”を見出し、説明ができる介護を実践し、本人の自立を促進しようという取り組みです。
例えば、トイレに自分からいけなくなったから、ベッドでオムツ交換をするということが当たり前になってしまったとしましょう。今までの介護だと、そのことに対して疑問に思うことがありませんでした。
科学的介護は“なぜオムツをつけているのか?”を考えます。答えとして、“足腰が悪く寝たきりになってしまったため、トイレに行くことができない”などが主な理由として挙げられますね。人間にとって、トイレに行けずオムツを付けられていることは嬉しいことではないはずです。そこで科学的介護では、人間らしい尊厳のある生活を目指すため、“オムツゼロ”を目指す取り組みをしています。
科学的介護では、“オムツを外し、トイレに行けるようにしよう”という目標を立てます。まずは日中だけでも近くにポータブルトイレを置いて排泄を促したり、本人に負担の無い、可能な限り機能訓練を行います。
他にもミキサー食・ペースト食を常食にする、胃ろうをなくすなどの取り組みが行われていて、科学的介護の理念に基づいて、人としての尊厳や生活を維持しようという思いが込められています。
国も“科学的介護”に注力しています
右肩上がりの介護給付を抑制するための一つとして注目されている科学的介護。
総理官邸の未来投資会議で、“未来投資戦略2017”というものが表示され、その中で、“科学的介護の導入による自立支援の促進”が掲げられました。
“どのような支援を行うと自立促進につながるのかを明らかにし、効果のある自立支援の取り組みは報酬により評価する”ということから、政府はより多くの科学的根拠となる介護の取り組みや結果のデータを集め、それを元に施設への評価を行おうと考えています。
しかし、科学的根拠のベースが整わないまま中途半端に開始すれば、自立する可能性の高い利用者を多く受け入れようとする施設も増える可能性がありますし、たとえADL向上を促進できたとしても、現場の人手不足や環境のフォローがなければ、介護事故が起こる可能性があります。
科学的介護の現場での取り組み
科学的根拠に基づいて介護を実践する“科学的介護“。その行動すべてに理由を持ち、自立支援をします。科学的介護を元に、長年“介護力向上講座”を全国各地で開催している国際医療福祉大学教授の竹内先生が言うには、高齢者の基本は「水」「食事」「排便」「運動」であると言われています。
水について
まず1日1500㎖の水分を促します。利尿剤はむくみの原因であるので中止し、水は命の源であり、細胞が活性化するのです。明け方に脳梗塞になる原因は水分不足であり、高齢者の転倒も水分不足から来ています。認知症高齢者が夜間不眠になるのも、水分不足が原因であることが多いと言われています。
食事について
ミキサー食やペースト食は人間の食べるものではなく、常食に勝るものはありません。なるべく自然な形態で食事を摂取してもらうように意識します。本人の状況に合わせて、形態をランクアップできるように援助しましょう。胃ろうも施設から無くしていけるように援助していきます。
排泄について
介護施設から“オムツゼロ”を目指していきます。オムツゼロにするということは、トイレ内で排泄・排便を促すことです。排便をコントロールし、自らの力で自力排泄できるように下剤を中止にし、規則正しい生活、水分補給、運動、食物繊維を増やし常食に近づけることで、定時排便できるようにします。
運動について
運動については歩行訓練を行います。人間のあるべき姿、歩行をすることで機能回復を目指します。歩行することで下半身の強化につながり、骨折しにくい身体を作ります。足腰が衰える=骨折=寝たきりにつながっているためです。
科学的介護の効果やメリット
科学的介護を取り入れた施設ではどのような効果があったのでしょうか?科学的介護を行うメリットをご紹介します。
職員の意識が向上する
科学的介護をすることで、職員の仕事に対する姿勢と入居者を見る目線が変わるメリットがあります。
科学的介護を取り入れるまでは、寝たきりで当たり前、ただ目の前の仕事をこなす日々が続いていました。科学的介護を実践するようになると、ユニット内で対象とする入居者を数人程度リストアップする作業から始まります。
どの入居者が機能回復を図りやすいか?ということに職員が注目するようになりました。そして、利用者に変化が見えると、ユニット職員全員で喜び合うなど、仕事のやりがいに繋がることで、もっと頑張ってみようという意識が生まれます。
ADL低下を予防でき活性化する
科学的介護を取り入れることで、歩行できる可能性のある入居者を対象に、補助道具を使って園内を散歩したりするなど、歩行訓練を積極的に取り入れる機会が増えます。また、本人の体調を見ながら食事形態をアップさせることで、食事が美味しい=意欲につながり、入居者のADL機能向上につながります。発語や笑顔が増えたり、認知症高齢者は問題行動が少なくなったという声もあります。
下剤が減るなど体調に変化
水分量を増やしたことで、下剤に頼らずに排便できたり、下剤が必要なくなったケースが多くなります。また、冬季は体調不良が増える時期ですが、風邪ひきや体調不良になる入居者が減ったという声もあります。
科学的介護の問題点と今後の課題
科学的介護を取り入れたメリットはたくさんありますが、同じようにデメリットも存在します。その問題点や今後の課題を考えていきましょう。
現場職員の理解不足と価値観のズレ
科学的介護を取り入れるには、現場職員の理解が不可欠です。よくあるパターンとして、研修に参加した職員の想いが熱くなり、周りの職員がついていけないケース。極端になってしまうと、現場の価値観や考え方のズレが生じます。
まずは全体会議などで研修報告を行い、科学的介護についての知識と理解を受け入れてもらうことからスタートしましょう。
現場職員の負担が増える
水分補給の量がアップしたことで、業務スケジュールが圧迫されます。嚥下能力が低下している人や、スムーズに飲み込めない入居者が多くいる中で、1日1500㎖をすすめることは、現場職員の焦りと負担をもたらします。
また、本人への負担も考えなくてはいけません。拒否が強い人に対し無理やり飲ませることは却って虐待行為につながります。水分補給が必要であることをしっかりと説明し、理解していただくことが大切です。ベッドでオムツ交換する人をトイレ介助すればその分業務時間に影響するため、ユニット内で時間割を話し合うなどの対策を図る必要があります。
持病がある人への対応や本人の同意
水分を過剰に摂取すると、心臓に負担がかかり、肺水腫や高血圧を引き起こす可能性があります。また腎臓の病気の方は水分制限があります。
故に科学的介護が危険に繋がる入居者もいるため、事前にどのような持病があるかをアセスメントし、医師との相談が必須なのです。
また本人のためと思っていても、身体に負担がかかる行為を求めていない人もいます。実践への取り組みに対しては、本人や家族の同意を求めましょう。
科学的介護は長い目で見守る姿勢が大切です
科学的介護は、“なぜオムツをつけているのか?”“なぜ食事介助をしているのか?”など、介護技術の“なぜ”の科学的根拠を見つけて紐解いていくことで、もう一度介護を見つめ直し、質の高い介護を目指すものです。
介護現場の意識を高めて入居者のADLの向上・自立した生活を目標にしており、まず水・食事・排泄・運動に焦点を当てます。
結果的に現場の士気が上がったり、一部の利用者には効果が発揮されています。
しかし、短期間で劇的な変化を上げることは難しいのが現状であり、職員の焦りと業務量の多さが負担にならないようにしていくことが課題です。
現場の意識を高いところに掲げるのは施設の質を確実にアップさせます。科学的介護の取り組みをやる前から否定するのではなく、意識を高く持ち、効果を長い目で見守りって職員がおおらかな姿勢でいることが大切です。