増え続ける虐待
高齢者に関する「1120」という数字。この意味は平成26年度、要介護施設従事者により高齢者が受けた虐待の通報件数です。残念なことはこの数字が大きく増えていることです。前年平成25年度が962件でしたから、16.4%も増加していることになります。
「虐待」と一口に言ってもその内容は様々。大きく5種類に分けて考えることができます。
身体的虐待
怪我ができるような暴力を加えたり、ベッドや車いすに縛り付けたりして自由を奪うような行為
ネグレクト
食事や排泄の介助など、必要な介護を行わず放棄すること。病院に連れて行かず、適切な治療を受けさせないことも含まれます。
心理的
脅したり、高圧的な言葉や態度で怖がらせたり、高齢者の方の言葉や意思を無視する、相手のいやがることをわざとする等の行為です。
性的
高齢者の方にわいせつな行為をすること。着換え、入浴時に裸のままでいさせるなど恥ずかしい思いをさせてしまうことも含まれてます。
経済的
高齢者の方の同意なしに、金銭や財産を使ったり処分すること。ご本人が希望しているのに金銭を使わせないことも。
こうした虐待を防ぐために平成18年4月、高齢者虐待防止法が制定されました。「高齢者の尊厳を保持」し、そのために必要な措置を定めています。
虐待を行う側の人間としては、施設や在宅サービス事業の従事者等も想定されています。虐待を早期に発見し、すぐ対応することを目指しており、また高齢者の方だけでなく、擁護する人への支援の必要も考慮されています。
この法律の担い手は市町村が主に当たり、法律が適切かの件書を重ねて行くことが決められています。
こうした法律が作られるほど、ご高齢者の方の権利や尊厳が傷つけられる虐待は増加しています。どんな不適切な扱いをご高齢者が受けているか、具体例を見ていきましょう。
虐待の実態とは
介護現場で実際に起きている虐待とはどんなものでしょう。いくつかケースを見て行きましょう。
ナースコールを何度もならすAさん
特別養護老人ホームに入居されているAさん。夜間、消灯すると短い間隔で何度もナースコールをならします。内容は「のどが乾いた」「身体の位置を少し直して」と行った簡単なもの。
ですが、介護スタッフはそのコールの多さから、毎回行かなかったり、すぐに駆けつけなくなってしまいました。さらに「何度もならさないでください!」と強い口調で注意してしまうことも。心理的、肉体的、ネグレクトと言った虐待がこのケースでは見られます。
食事を上手に食べることができないBさん
特別養護老人ホームに入所中のBさんは、食事への意欲が弱く、ご自分からは召し上がりません。そのため介護スタッフが介助を食事を行っています。しかし、口を開けてくださらないので、なかなか食が進みません。さらに口に入れた食べ物も嚥下せず、口の中に溜まっていってしまいます。
そのため職員が指やスプーンで、半ば無理矢理口を開かせてなんとか飲み込んでもらっていますが、Bさんはそれをいやがって手で払おうとします。ここでは心理的、肉体的な虐待が見られます。
虐待と必要な介護は紙一重
こうした2例の虐待は行ってはならないこと。ですが、虐待と介護の判別は難しい場合も少なくないようです。
「ナースコールを何度もならすAさん」のケースでは、毎回のナースコールにきちんと対応すべきでしょう。しかし、ケアが必要な方はAさんだけではありません。
Aさんのナースコールのために、Cさんのケアが後回しにされてしまったら?Cさんは虐待を受けたことになってしまいます。
「食事で口を開けず、のみこまないBさん」のケースでは、介護スタッフが半ば無理矢理口を開けて食べさせるのは、虐待と取れます。一方で、Bさんの「食べたくない」意思を尊重して食事を止めてしまったら、Bさんは衰弱し最悪亡くなってしまうかもしれません。
虐待と必要な介護の判別はしにくく、その行為が不適切か判断に迷うことが現場ではとても多いのです。介護スタッフもご利用者には苦痛、いやがるとはわかっていても、よかれと思ってしている場合もあるります。そんな介護職員の目には虐待はどう映っているのでしょうか。
「日常業務」の中に潜む不適切ケア
介護現場で長く働いていると自分たちのしていることが「不適切なケアかどうか」の基準があいまいになってしまうことがたびたびあります。改善しない人手不足、増える一方の業務量の職場環境。その中で食事や排泄、送迎など業務の時間は待ってくれません。もちろん事故防止にも気を配ります。
そんな慌ただしさの中、新人スタッフやボランティアさんと言った「外から来た人」が、日常行っているケアの内容に違和感を覚えて私達に伝えてくれることがあります。そのときやっと自分たちがしていることを自覚する場合も少なくありません。
「不適切なケア」だと自覚していても、他のご利用者さんのケアに当たる時間を確保するために「介護スタッフにとって効率のよい」方法をとってしまうことがあります。人手が足りない中で「事故防止」をするために、なるべく「ご利用者さんには動かないでいてもらいたい」・・・こんなやり方が変えられないままでいるのです。
「自分がされていやかどうか」考える習慣を
「効率」や「事故防止」といったもっともらしく聞こえることばを隠れ蓑にした虐待をなくしていかなくてはなりません。それには組織全体で考えることが必要。そして介護職員ができることから始めることが大切です。
美しい言葉で「スローガンを掲げる」だけではなく、介護スタッフが「不適切ケア」を学ぶ機会をつくることが重要です。介護士カモは職員から「これは虐待では?」と思われるケースをだしてもらい、職員自らが再現する「ロールプレイ」を行ったことがあります。
介護スタッフが介護者役とご利用者役に別れ、場面を再現し、その後役割を入れ替えて再度再現を行います。ロールプレイ後、スタッフ同士で介護者の気持ち、ご利用者の気持ちの意見交換していきます。
この取り組みは「今すぐできること」はなにかを探し、活かしていこうという試みから行われました。
不適切なケアには介護スタッフそれぞれの気持ちの問題が大きいようです。介護士カモの不適切ケアへのつぶやきを聞いてみましょう。
介護する側、される側は平等?
介護保険では介護事業所の変更ができます。でも新しい事業所を探す手間や新しい事業所への不安が二の足を踏ませているのです。
ただ一方では、そんな介護事業所に要望を多く出すご家族が、ご利用者の世話を介護事業者にすべて任せきりにしている、ネグレクトの場合もあり状況は複雑です。
介護はご高齢者の方を一番の考えるのが当然。ですが、現場では介護者の都合が優先となっている場合も多く、ご高齢者の方と介護者は対等ではない力関係であるといえます。
介護スタッフの都合ばかりが優先されないようにするには、自分たちのケアでご利用者の笑顔が増えたり、機能が改善されるなどの成功経験が必要なのでしょう。
ご利用者が元気になれば介護量が減り、自分たちの仕事も楽になります。そうすればもっと「ご利用者のために」という行動になっていくと思うのですが・・・自分の職場を「自分の身内や大切な人」に勧めることができるのか、カモは常に自分に問いかけています。