トラック運転手などの運送業は過酷な労働環境のイメージが強い職種ですが、かつては稼げる職種とも言われていました。しかし、近年では規制が厳しくなり、「過酷で稼げない職種」になりつつあるのが現状です。その背景には、それまでまかり通っていた「個人償却制」という仕組みが深く関係しているのです。
深刻な人手不足に悩む運送業。ベテラン運転手の高齢化が進む一方で若者の車離れも進み、ドライバー人口は減るばかりです。しかし、運ぶべき荷物は増えているのでドライバーの負担は増えるばかり。運送業の人手不足を招く原因をたどっていくと、物流業界に古くから染み付いていた「闇」の部分が見えてきます。かつてのあり方から脱却し、大きく変わろうとしている物流業界は今後どうなっていくのでしょうか。それを考えるためにまずこの業界の闇の部分をひもといていくことにしましょう。
運送業の許可を持たないトラック運転手
運送会社のトラックで荷物を運んでいる運転手ならその運送会社の社員とみなされて当然ですが、「表向きは社員のように見えて実は違う」というやり方が運送業界ではずっとまかり通っていました。それが「個人償却制」と呼ばれている仕組みです。運送業を営むためには許可が必要ですが、個人償却制を導入することで個人運転手が無許可で運送の仕事をすることを可能にしていたのです。
個人償却制の仕組みとは
個人償却制とはいわば「名義貸し」のようなものです。まず運送会社が会社名義でトラックを購入し、それを個人運転手が使用して荷物を運送します。運送会社は、荷主から支払われる運送料から手数料のみを差し引くと、残り全ての金額を運転手に支払います。
運転手はトラックのローン代、高速料金、ガソリン代など仕事にかかる経費を自己負担するので、運送会社から支払われた料金からそれら経費を全て支払い、残った金額が自分の収入になるというわけです。年金や健康保険なども自己負担なので実質上は「個人事業主」ということで、自分で確定申告をして税金を納めます。
個人償却制がずっと続いてきたのはなぜか
違法状態にあっても発覚しにくいということがあってか、個人償却制は運送業界で浸透していました。それでもこの方法が続いたのは、運送会社にとっても運転手にとってもメリットが大きかったからです。運送会社にしてみれば、会社に依頼された仕事を運転手に委託するだけで、トラック代を含む全ての経費を全くかけずに手数料収入を得ることができます。
事実上は運転手を雇用していない状態なので、会社にとっては便利な存在です。一方の運転手は、個人での購入が難しい大型トラックが手に入り、働けば働くほどに収入が増えるということで、同じトラック運転手になるなら個人償却制でと考える人が多かったようです。
重大な事故につながる可能性
個人償却制は運転手の裁量次第で業務量をいくらでも調整できるので、より多く稼ぐために長時間労働化してしまいがちです。過労状態で運転を続けていれば重大な事故を起こしてしまうリスクは高くなり、実際に全国各地で過労運転による事故が相次いでいます。運転手にとってメリットがたくさんあるようにも思える個人償却制は、たくさんのデメリットとも背中合わせなのです。
かつての運送業界は取り締まりもそれほど厳しくなくて、過酷な労働環境がごく当たり前だったようだけど、警察と業界が強い決意で思いきった措置を取っていくことが重大事故の予防になるのカモ。
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個人償却制を取り締まるだけでは解決しない問題がある
今やすっかり「長時間の重労働かつ低賃金」になってしまった運送業界ですが、事の始まりはバブル後の規制緩和でした。この時に運送業者が一気に増えたことでトラック運転手の低賃金化が起こりました。しかし、労働時間は長いままだったこともあって運転の職を離れる人が多くなり、その評判が広がることで運送業界に近づく人が減ってしまうという負のスパイラルに陥ってしまったのです。
「もの」はあっても物流が滞ってしまうなら、消費者にまで商品が届かなくなってしまうので、運送業界で人材不足が続くことは日本経済にとって危機的なことです。インターネットで何かを注文すれば、次の日には商品が届くことがまるで自動的に行われているかのように感じるかもしれませんが、その裏では商品を運んでいる人が必ずいます。その「人」の絶対数が足りなければ、今ある便利な生活を維持することは難しくなってしまうでしょう。
今後の物流業界に求められること
少子高齢化が加速している今の日本の将来は、現状とは違う社会構造になっていることが予想されます。人手不足はどの業界にも起きている問題で、物流業界に限ったことではありませんが、過労運転を招く個人償却制がこのままはびこってしまえば、結局は業界全体が苦しくなるだけです。警察がこの問題に注目して取り締まりを強化するのは喜ばしいことですが、それと同時に物流のあり方も変化しなければなりません。
運送業界はコストカットばかりに傾倒するのではなく、運賃そのものを値上げするという措置を講じる必要があるでしょう。荷主の理解も得なければならないので簡単にクリアできる問題ではないかもしれませんが、そもそも「個人償却制という違法な仕組み」に支えられていたのであれば、正常な形に整えるのが業界の取るべき責任なのかもしれません。